メッセージ 心を一つにして、復興完結へ。

県民の皆様へ

県民一人ひとりが幸福を実感し、安心して暮らせる宮城

これが復興の先にある宮城の姿と考えています。

この宮城の将来像を実現するために、私は、知事就任以来12年間、東日本大震災や岩手・宮城内陸地震、リーマンショックによる経済危機など、数え切れないほどの苦難がありましたが、決して逃げずに正面からチャレンジしてきました。

復興のラストスパート

特に、東日本大震災で宮城県はかつてないほどの甚大な被害を受けました。私は、震災からの復興を最優先課題として、県民の皆様と力を合わせて、全国各地、世界中からの温かいご支援をいただきながら、懸命に取り組んでまいりました。

高台移転やかさ上げなどの復興まちづくり、災害公営住宅の整備等が着実に進み、また、仙台空港の民営化や医学部新設、水産業復興特区などの「創造的復興」の取り組みが花ひらこうとしています。一方で、いまだ多くの方々が仮設住宅で生活されているなど、復興は途上にあります。

平成30年度からは、いよいよ「宮城県震災復興計画」が定める最終段階の「発展期」が始まります。復興計画の総仕上げに向けてラストスパートをかけていく必要があります。

元気で笑顔あふれる未来へ

人口集積の上に成り立つサービス産業を中心とした宮城県の産業構造のままでは、人口減少が進むと、県経済は急激に冷え込むことが懸念されます。このため、私は、製造業のウエイトを高め、雇用を生み出し、人口減少を抑えること、第1次産業から第3次産業までバランスの取れた産業構造を図ることが必要であると考えました。これまで自動車組立工場や半導体製造装置工場などの誘致に成功し、12年間で約1万3千人の雇用を創出しました。

こうした政策が軌道に乗り始め、県の財政も少しずつ良くなってきました。富県戦略の成果を子育て支援などの福祉・教育や環境などの政策の拡充につなげるという姿ができつつあります。これからは今までやりたくてもできなかった、これらの政策に得られた財源を振り向けたいと考えています。特に本当に困っている被災された方々や県民の皆様のために、細かいところまで気を配った政策を実現していきます。

さらに、未来に向かって、元気で笑顔があふれる宮城を創り上げていくためには、震災需要後の地域経済の発展、次世代を担う子どもたちの育成をはじめ、地方創生や少子高齢化・人口減少社会への対応など、難しい課題にも果敢に挑戦しなければなりません。まだまだやるべきことがたくさんあるのです。

県民の皆様とともに

私は、県民の皆様とともに、復興を成し遂げること、そして、その先の未来の礎を築くことに全力で取り組む覚悟をもって、これからもチャレンジしてまいります。今後、私が取り組もうと考えている政策を「政策集」として取りまとめましたので、県民の皆様におかれましては、引き続き格別のご理解とご支援を賜りますよう、心からお願い申し上げます。

私の政治理念

私の生き方・信条の基礎となっている大切なものの多くは、自衛隊と松下政経塾で学びました。松下政経塾はパナソニックの創業者、故松下幸之助さんが次代のリーダーを育てるために創られた公益財団法人です。松下幸之助さんは私が心から尊敬している方で、松下幸之助さんの考え方に私は特に大きな影響を受けています。

松下幸之助さんは「PHP運動」を提唱されました。「PHP」とは「Peace and Happiness through Prosperity(繁栄によって平和と幸福を)」の頭文字をとった言葉です。この言葉には、物心両面で繁栄していくことによって平和と幸福を実現していくという松下幸之助さんの願いが込められています。

私は、宮城県の総合計画「宮城の将来ビジョン」において県政の運営理念を「富県共創! 活力とやすらぎの邦(くに)づくり」と掲げました。

これは、しっかりとした経済基盤を築き、創出された富の循環によって、福祉や教育、環境、社会資本整備などへの取り組みを着実に進め、「生まれて良かった、育って良かった、住んで良かった」と思える宮城県を県民の皆様と創り上げていこうとするものです。この理念は、東日本大震災を経てもブレることはなく、変わっていません。

引き続き、県民の皆様とともに、震災を乗り越え、平和と幸せを実感できる「富県みやぎ」の実現を目指し、全力を尽くしてまいります。

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